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東京高等裁判所 昭和22年(ナ)41号 判決

主文

原告の請求は、これを棄却する

訴訟費用は、原告の負擔とする

事実

一、請求の趣旨

原告訴訟代理人は、被告が昭和二十二年七月九日原告の訴願について爲した裁決を取消す。千葉縣山武郡日向村選擧管理委員會が同年五月二十一日佐々木久五郞の異議申立に基いて爲した原告の同村會議員當選を無效とする旨の決定を取消す。訴訟費用は被告の負擔とする。という判決を求めた。

二、請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次の通り陳述した。

原告は、千葉縣山武郡日向村に居住し、同村々會議員の選擧權及び被選擧權を有する者であるが、昭和二十二年四月三十日行われた同村々會議員の選擧に立候補し、選擧の結果、原告は、八十一票を得て、最下位で當選し、佐々木久五郞は、得票八十票で次點者となつた。ところが、この選擧には花澤文子という未成年の爲め選擧權のない者が投票したことが、後になつて分つた。從つて、同人の投じた一票は無效であるが、同人が原告に投票したのでないことは確實であるから、原告の當選には影響はない譯である。然るに、佐々木久五郞は、花澤文子が何人に投票したか分らぬから、原告の當選は無效であるとして日向村選擧管理委員會に異議申立を爲したところ、同委員會は、この申立を採用して花澤文子が何人に投票したかは調査できぬとして、之を調査せず、原告の得票と次點者の得票との差が一票であることゝ花澤文子の投票が無效であるということから、直ちに原告の當選を無效とする旨の決定を昭和二十二年五月二十一日に爲した。原告は、この決定に不服であるから、その取消を求める爲め被告に訴願したところ、被告もまた、花澤文子が何人に投票したかは調査すべきでないとして、その調査をせず、原告の訴願は相立たぬ旨の裁決を同年七月九日に爲した。

然し選擧の公正を維持する爲めに秘密にしなければならない投票は、正當な選擧人の投じた投票に限られるのであつて、同じく無效投票といつても、選擧權を有する者の投じた無效投票と選擧權のない者の投じた投票即ち不正な投票とは、これを區別すべきであつて、後者についてまでその秘密を保障する必要は毫もない。選擧權のない者が投票した場合には、町村制第三十七條によつて村會議員選擧に準用される衆議院議員選擧法第百二十七條第一項の選擧人に非ざる者投票を爲す罪を構成し、その投票は「犯罪行為を組成したる物」として刑法上沒收し得べき物であるから、固よりその秘密を保護せられるべきではない。衆議院議員選擧法第三十九條は「何人ト雖選擧人ノ投票シタル被選擧人ノ氏名ヲ陳述スルノ義務ナシ」と規定し、町村制第三十七條によつて村會議員選擧に準用される衆議院議員選擧法第百十六條第二項は「官吏若ハ吏員又ハ第八條ニ掲グル者選擧人ニ對シ其ノ投票セムトシ又ハ投票シタル被選擧人ノ氏名ノ表示ヲ求メタルトキハ六月以下ノ禁錮又ハ三千圓以下ノ罰金ニ處ス」と規定するが、この場合の「選擧人」とは正當な選擧人を指すのであつて、選擧權のない者が投票しても、こゝに云う選擧人には該當しない。從つて、選擧權のない者の投じた投票については、何人に對する投票であるか調査することが出來るし、選擧管理委員會は職責上當然これを調査し明らかにすべきである。

本件に於いて花澤文子は未成年者であつて選擧權がないにも拘らず、投票したのであるから、その投票行為は犯罪に該當する。それ故、選擧管理委員會は須らく同人が何人に投票したかを調査すべきであり、その調査をしたならば、同人は原告に投票したのでないことは確實であるから、原告の當選には影響ない筈である。然るに、日向村選擧管理委員會及び被告千葉縣選擧管理委員會が、共に反對の見解をとつて、原告の當選を無效とする旨の決定及び原告の訴願が相立たぬ旨の裁決をしたのは、不當であるから、本訴に於いてその取消を求める。

三、被告の答辯

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する判決を求め、答辯として、次の通り陳述した。

花澤文子が原告に投票したのでないことが確實であるとの點は否認するが、その餘の原告主張事實は全部認める。

然し、選擧權のない者が投票した場合にも、選擧管理委員會はその者が何人に投票したかを調査すべきではないから、それを知る方法はない。從つて、假に、當選者全部について、その得票中に花澤文子の無效投票が算入されたものとして、得票數から一票宛控除して、次點者の得票數と比較して當選の效力を審査した結果は、原告と佐々木久五郞の得票は同數となり、原告の當選に異動を生ずる虞があるので、その當選は無效となるのを免れない。日向村選擧管理委員會がこの見解に從つて、原告の當選を無效とする旨の決定をしたのは正當であり、從つて、原告の訴願は理由がなく、本訴請求も失當である。

四、證據(省略)

理由

原告が、千葉縣山武郡日向村々會議員の被選擧權を有し、昭和二十二年四月三十日行われた同村々會議員選擧に立候補し選擧の結果、八十一票を得て、最下位で當選し、佐々木久五郞は得票八十票で次點者となつたところ、この選擧には、花澤文子という未成年者であつて選擧權のない者が投票したことが、後に分つたので、佐々木久五郞は、花澤文子が何人に投票したか分らぬから、原告の當選は無效であるという異議の申立を日向村選擧管理委員會に爲し、同委員會は、この申立を採用して、花澤文子が何人に投票したかを調査せず、原告の當選を無效とする旨の決定をし、原告は、これを不服として、その取消を求める爲め、被告に訴願したところ、被告も、日向村選擧管理委員會の執つた措置を正當として、原告の訴願は相立たぬ旨の裁決をしたことは當事者間に爭がない。

原告は、花澤文子のように、選擧權のない者が投票した場合には、選擧管理委員會は、その職責上同人が果して何人に投票したかを調査すべきであると主張するけれども、町村制(及び地方自治法)が村會議員選擧に無記名投票制度を採用した趣旨に徴すれぱ、選擧權のない者であつても、選擧または當選の效力を定めるに當つて、何人に對して投票したかを調査すべきではない。蓋し、何人が何人に對して投票したかを公表するときは、無記名投票制度の精神を破り種々の弊害を生ずべきことは、言を俟たぬ所であつて、その弊害は、投票者が選擧權のない者である場合にも、生ずる虞がないとは云い得ないからである。もつとも犯罪の捜査又は處罰の職務權限を有する檢察官裁判官等が、その職權行使の必要上選擧權なき者の投票が何人に對して爲されたかを調査する場合は別であり、かゝる場合は、その調査によつて既に明かにされた結果に基き當選の效力を論ずることも出來るわけであるが、本件においては、花澤文子が自己に選擧權のないことを知りながら、故意に不正投票を爲したものとして刑事上の手續が開始され、その投票が調査されたのではないから、かような手續をまたずに今直ちに此の種の調査をなすことは、妥當ではない。それ故本件の場合では投票を無效とし、それが何人に對して爲されたかを調査することなく、一應凡ての當選者の得票より除外して當選に異動を生ずる虞があるか否かを判定するを相當とする。かくして原告の得票より右の一票を控除すれば、その得票は次點者佐々木久五郞と同じになり、當選に異動を生ずる虞があるので、原告の當選は無效とならざるを得ないのである。それ故日向村選擧管理委員會が右と同じ見解の下に、原告の當選を無效とする決定をし、被告が、原告の右決定に對する訴願を斥けたのは何れも相當であつて、その裁決並に決定の取消を求める原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用は原告の負擔とする。

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